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ジャーナリングでいきなり心がスッキリ!するわけではない

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日々、
いろんな感情が頭の中でグルグルしてて
それをどうにか解消したかった。

そんなとき見たこの言葉。

悩みや気持ちを紙に書き出す『ジャーナリング』をすると、頭も心もスッキリする

「マジか。これで気持ちがスッキリするなら…」と、
家にあったルーズリーフと
ボールペンを引っ張り出した。

でも、いざ書くとなると、
「何も思いつかん」という壁にぶち当たった。

それでも、
薄っすら浮かんだ感情を
少しずつ紙に走らせていった。

そして紙一枚、
一通り書き終えてまず感じたことはコレ。

スッキリしてるようでしてないww

たしかに、なんとなく
押さえ込んでいた気持ちは吐き出せた。
スッキリしたような気もする。

でも、やっぱり
根っこのモヤモヤは消えてない。

たいしてスッキリしないじゃん!
結局モヤモヤの原因自体を
解消しないと解決しないんだな。って思った。

「今日の晩ご飯なににしよう」くらいなら
行動のハードルも低いし、
ジャーナリングを通して
スッキリするのかもしれない。

でも、
仕事を続けるかとか、家族がとか、
解決するために
いくつものハードルを越えないといけないものは、
結局その原因自体を
取り除かないとダメなんだなって。

今これ書いてて思ったけど、
もしかして、
その『原因自体を取り除く』ための小さなステップを
ジャーナリングを通して
気づくってことなのかな?

・・・とりあえず、
雑草を地上だけ刈ると、一瞬きれいになる。
でも根を抜かないと、
また同じ場所から生えてくるような感じで、

ジャーナリングでモヤモヤがめっちゃ晴れた!
すっきりサイコー!!とはならないと思った。

じゃあ、ジャーナリングの効果ってなんなのか?

ここまでジャーナリングを
ボロクソ言ってきた私だが、
今ではジャーナリングが楽しくてしょうがない。

とはいえ、
ジャーナリングが日常の一部になった今でも、
スッキリサイコー!にはなってない。

それでもジャーナリングをやりたいと思う理由。

それは、

『感情の整理』なんじゃないかと思う

以前は、なんでも頭の中だけで
考えたら十分って思ってた。
自分が何をしたいかわかってる、整理できてる、と。

でも、紙に文字として書き出すことで、
全然整理できてなかったってはじめて気づいた。

ひとつの引き出しに
グチャグチャに入ってたものを、
ひとつひとつ手に取って整理していると、

「このケースにこんなの入れてたなあ」
「このペン、よく見たら花柄だったんだ」みたいな、
新しい発見がある感覚と似てるかも。

想いを見える化することで、

「少し苦手と感じてたものが、
実はめっちゃイヤと思ってたと気づいた」
「本当はこんな風になりたかった」

それを心に落とし込むことができる。
そして、その想いを認めて受け止める。

わたしの中でジャーナリングは、
悩みや不安をスッキリさせるのとは
ちょっと違う。

書いたからといって
ぶっちゃけ悩みは消えないし、
何度も同じ悩みを書いてる。

でも、自分の本当の気持ちを聞いて、認めてあげる。

人に見せないからこそ、
他人や世間の価値観とか関係なく
自分の軸で思ってことを
全部肯定してあげられる。

すると、
不思議とやるべきことが見えてきたり、
一歩踏み出してみようかなって背中を押される。

アンミカの「白って200色あんねん」じゃないけど、
人によってジャーナリングから
得られる効果は無限にあるはず。

人の数だけジャーナリングのカタチがある。
でもそれが、
ジャーナリングのおもしろいところでもある。

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