わたしはこれまで、
何度も日記や手帳に挫折し続けてきた。
日記や手帳というもの自体は好きなのだが、
どーしても続かなかった。
理由はなんとなくわかってる。
書くいたところで、宝くじが当たるわけでもない。
生活が大きく変わる確証もない。
ただでさえ仕事や家庭で時間に追われてる中で、
目に見えた結果が出るかビミョーなものに
時間を使うのがもったいないように感じた。
だからいつも
はじめは「今度こそ!」って思っても、
いつの間にか白紙のページが増えてやめてしまう。
だから、
続けたくても性格的にムリなんだろうな、と思っていた。
でも、今回は違った。
ジャーナリングを再開して
2か月半になるが、毎日ノートを開いてる。
続かないどころか
書くのが楽しくてしかたないのだ。
あんなに挫折魔だったのが自分でも信じられない。
今回、
ジャーナリングが習慣化した理由は
いくつか考えられるが、
きっかけになったのはきっと
「続けようとしなかった」からだと思う。
今までは
「今度こそ続ける」
「これをきっかに何か変わるかもしれない」という
期待とやる気が最高潮のときに始めていた。
だけど、だんだんそのモチベが
坂道を転がるように下がっていき…。
いつしかあんなに高かったモチベは
跡形もなく消えていってた。
一方で今回は
はじめから続けようとしなかった。
今までの挫折経験もあったけど、やる気は皆無。
期待は「やらんより、やる方がマシかも」くらいw
続けるつもりがないから
ノートも準備しなかった。
紙はその辺にあった
コピー用紙やルーズリーフのリフィル。
ペンは家族で共同で使ってる適当なもの。
頭や心に引っかかってる
モヤモヤを気まぐれで書いて、
書き終わったらグチャグチャにして
ゴミ箱へポーイと直行してた。
これを気まぐれで繰り返してるうちに、
徐々にこんな気持ちが生まれるように。
「紙に書くと、なんとなく気持ちが整理される」
「ストレス以外のことも書いてみたい」
「ジャーナリングについてもっと知りたい」
習慣化するつもりはなかったのに、
いつの間にかひっそりと
生活の一部になっていたのだ。
このやる気も続ける気もない
ゆるい感じが良かった。
習慣化っていきなり
「今日から継続します!」より、
続かない前提でゆるく始めて、
「やってて心地いい、もっとやってみたいかも」
という気持ちになってから
もっと調べたり、道具を揃えたほうが
継続できるんじゃないかと思った。
平坦な道から、いきなり45度もある
急な坂を登り始めるんじゃなく、
平坦なんか坂道なんかわからん
5度くらいの道から歩き出した方が
気づいたら結構登ってたってなるんじゃないだろうか。
そう、いきなり今までの生活に
ねじ込もうとするから続かないのだ。
おまけレベルで少しずつ生活に入れていく。
・・・習慣化の極意見つけちゃったかも。
自分を褒め称えたい。
PS.
この前宣言した
ジャーナリングのキンドル書籍出版の件。

順調に進んでる。
構成の章がちょっと少ない気がするけど、
どーでもいいことをダラダラ書いてページ数稼ぐより、
本当に必要なことを
ギュッと絞ってもいいんじゃないかと思った。
こんなこと書いたら、
キンドル出版のプロから
「100ページ以上にしないとボリュームが・・・」
って突っ込まれそうだけど、いいの。
ボリュームじゃなく、読んでくれた人が
「これなら自分にもできるかも」って
背中を押せる内容にしたい。
量より質だよ。
だからって、
10ページとかで終わるのもどうかと思うけど。(どっちや)
あと利用者側として
キンドルに対して最近思ってることがあって、
ページ数が多すぎると
途中で離脱しちゃう人も多いんじゃないかな、と。
これは読む人やジャンルによるだろうけど、
ページが多いと
「まだ続くんか。そろそろ他の本も読みたいな」
って気持ちが出てくる。
・・・え?ただの飽き性?
ごめん、異論は認める。
小説だったら3、4冊とかになっても
読めるのに不思議だ。
物語はのめり込みやすいのかも。
だから今回執筆してる書籍も
サクッと読んで行動に移してもらうことに
重点をおきたいなって。
とりあえず、読んで良かったって
思ってもらえるようなモノにしていく。
