手帳やノートをきれいに使いきりたい。
書き間違いをせず、
決めた使い方を最後まで貫く。
だけど途中で
「使い方を変えたい」
という気持ちが出てくると、
「なんか負けた感じがする」
「優柔不断な自分はなんてダメなんだろう」
と落ち込んでしまう。
ノートや手帳に対して、
無意識にそんな
「ちゃんと使わなきゃ」な思い込みをしてた。
でも最近、
いろんなノートに書きまくる日々を送るうちに、
考えが少しずつ変わってきた。
ノートや手帳は
もっと優柔不断に使っていいんじゃないか、と。
というのも、
MDノートダイアリーに
副業ログをつけているのだが、
別の雑記帳にも
副業のアイデアをちょこちょこ書いている。
はじめはそれでいいと思っていたのだが、
だんだん
「同じテーマについて書くなら、
一冊にまとめたほうが使いやすいんじゃないか」
という気がしてきて。
でもMDノートダイアリーは使いやすいし、
これからずっと副業ログとして
使い続けるつもりだった。
変えるべきが、変えないべきか。
悩んだ末、
MDノートダイアリーを使い終わったら、
副業ログは雑記帳の方へ移行することにした。
今回は一冊使い終わってから・・・と決めたが、
違和感や別のアイデアをひらめいたら、
ページの途中だろうが
切り替えていいんじゃないか。
「一冊をひとつの用途で使い切る」
なんとなくそれが
正解みたいな空気があるから、
そうしなきゃいけないような感覚になる。
でも別に、それが正解じゃない。
「こう使わなきゃ」と思うから
その通りに使えない自分に萎える。
萎えるから、ノートを開くのが億劫になる。
億劫になるから、ますます書かなくなる。
書かなくなると、「やっぱり自分には向いてない」と感じる。
これらは全部、
思い込みが引き起こした負の連鎖だ。
手帳やノートは、もっと自由で軽やかでいい。
はじめはしっくりくる書き方があっても、
ある日突然
「こっちの方がいいかも」とひらめくことだってある。
そこで「途中で使い方を変えるなんて…」と
躊躇なんてしなくていい。
むしろ、ひらめいたそのページから
即、変えてしまえばいい。
手帳やノートの使い方って
粘土みたいなものだと思う。
つくっては崩し、こね直して、
何度でもカタチにしていい。
年齢とともに趣味や好きな食べ物が変わるように。
環境が変わると価値観が変わるように。
家族が増えると生活リズムが変わるように。
手帳やノートの使い方が変わっていくのも、
自然で当たり前のこと。
むしろ最初から
一冊をひとつのテーマで使い切らない前提で
始めるくらいがちょうどいい。
そのくらいユルい方が
思いっきり楽しめる気がする。
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