紙に書くジャーナリングにハマってから、
ひとつ気づいたことがある。
「手軽だから続けやすい。それが最適」
とは限らないということ。
これまで何度も
日記や夢ノートに挑戦してきたが、
1番長く続いたのは「スマホ日記」だった。
スマホ日記とはその名の通り、
親指だけで人生を記録するやつ。
日記アプリにTODOリストや
今日あったことをぽちぽち打ち込む。
さっき履歴を見返してみたら、
2024年12月から紙のジャーナリングに
目覚めるまでの約1年間、
書かない期間もあったけど地味に続いてた。
スマホ日記にたどり着いたのは、
紙の日記に挫折し続けてきたことがきっかけ。
仕事に家のことに追われる毎日の中で、
日記を書くためだけにノートを広げ、
数分でも時間を取るのが
もったいないと思ったのだ。
それでも、日記を書いてみたいという気持ちはある。
そこでたどり着いたのが、
ノート不要・準備ゼロ・
思いついた瞬間に即入力できるスマホ日記だった。
これなら続けられそうという自信があった。
実際、1年続けられた。
意外とやるじゃん自分!と思った。
でも、
じゃあこの方法に大満足かというと、
ぶっちゃけビミョーw
細切れながらも1年も書き続けたのに、だ。
これはわたしの場合なので、
「いや、そんなことない!」という人もいると思うが、
スマホだと、どうも「書いてる感」がない。
たしかに、日記は書いてる。
でもやってることは、
画面をスーッと撫でてるだけ。
毎週しょうがなくやってる
晩ごはんの買い物リストを入力してるのと
感覚が変わらないのだ。
日記というより、
ただのタスクと化している。
入力しても、
心が動くこともなければ、
スッキリすることもない。
そう、楽しくないのだ。
一方、手帳やノートに書いてる
今のスタイルはどうかというと、
同じ「書く」なのに
なぜか書き終わった後は頭と気持ちが整う。
整うというと
意識高い系の感じがするが、
それが1番近い感覚なのだ。
頭の中で散らばっていたモノが整理される。
床に転がってたポーチをバッグの中にしまう。
グシャグシャになってたブランケットを畳む。
完璧じゃないけど片付けた。そんな感じ。
お気に入りの手帳やノートを開いて、座る。
ペンを持ち、手を動かして、
カリカリと紙に当たる感触を味わう。
この一連のわざわざ感が
感情を自分の中に
落とし込んでくれるんじゃないかと思う。
冒頭で、
「紙の日記に挫折したって言ってたけど
それと何が違うんだ?」
と思ったかもしれないが、
あれはやり方が悪かった。
夢ノートや適当なノートに書くことは
わたしには向いてなかった。
そしてあのころは、
ノートに向かう時間をつくる自分に
OKを出してあげることができなかった。
とりあえず、
この経験を通じて気づいたのは、
日記は流れ作業じゃ効果がないということ。
日記に効果とか大きいことを
求めるのもどうかと思うが、
ジャーナリングを始めたことで間違いなく、
前より頭の中が散らからないし、
考え方もいい方向に視点を向けられるようになった。
あと純粋に楽しい。
完全に趣味になった。
世の中は効率化ブームだし、
わたしも効率化が好きだ。
だけど、非効率からしか
得られないモノもあると実感している。
