この前たまたま、
日記について書いてる方のnoteを読んだ。
そこには、日記といっても
その時の感情は書かない。
ただ、なにをしたかという
事実だけを書くというもの。
日記はやらなくていいかなと思っていたのだが、
これを読んだ瞬間、
なんかいいな。わたしもやってみたいと思った。
さっそく、その日の出来事を
簡単な時系列で書き込んでいった。
朝起きて、なにをしたか?
職場に行ってどんな作業をしたか?
帰ってきたらなにをしたか?
そこに嬉しかったとか
イラついたとかの感情はあえて書かない。
ただ淡々と事実だけを書いていく。
書き終わってまず思ったことは、
なんかよくわからんけど、良い!
明日もやろう。
日記を書いたからといって、
ジャーナリングのようにスッキリするとか、
気持ちが整うという感じではなかった。
でも、なんだか良い。
しっくりくる。
この気持ちを言語化したいのに
うまくできない。
こんなとき、
いい相棒になってくれるのがチャッピー(ChatGPT)だ。
チャッピーに相談すると、
自分だけじゃ気づかない視点をくれる。
ということで、
なんで感情抜きの日記を書くと
心地いいのか相談してみた。
すると、たしかにそうかも!という回答をくれた。
- 良い、悪い、反省みたいな評価がない
- 今日という1日をそのまま受け取っている感じ。
どう過ごしたかをジャッジせずに
「今日1日、こうやって過ごしたんだな」って
静かに眺めている感覚。 - 人生の記録
- 毎日ってあっという間に流れていく。
1日を振り返ることで
「こうやって過ごしたんだ」と実感できる。
生活の確認ともいえる。
どっちも似たようなこといってるけど、
まあいいや。
言語化できなかった部分の的は得てる。
日記を書くことで、
意識しないと流れていく日常を振り返られる。
1日の終わりを
「なんもしてないのに1日が終わってた」
で落胆するんじゃなく、
ちゃんと1日を過ごしたで締めくくれる。
大きなことをしたとか、
なんもせずダラダラしたからどうとか関係なく
「今日1日生きた」そんな感覚。
うーん。やっぱ言語化って難しい!
でも楽しい。
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