ジャーナリングや手帳が
趣味になって気づいたことがある。
それは、
・手帳で夢や目標を叶える
・人生が劇的に変わる
・効率化
みたいな、重い期待を
手帳にしなくていいんじゃないかって。
…いや、むしろ持つべきじゃない。
手帳に「夢」なんて持つから続かない
「もっとジャーナリングを楽しみたい!」
そう思ってYouTubeを徘徊したり、
キンドル(Amazonの電子書籍)で
手帳術とかを調べるのだが、
そこで出てくるのは、
人生が変わる、成果が出る、
最強のノート術といった
意識高めのノート術たち。
もちそん、これらが悪いわけではない。
手帳一冊で悩みが全部吹っ飛んで、
人生ハッピーになれたらサイコーだ。
実際、わたしも
ジャーナリングのおかげで、
ささくれだった心を自分自身で整える。
自分自信を「一番の理解者」として
見つけることができた。
だが、手帳やジャーナリングが
心から好きだからこそあえて言いたい。
手帳にそういう
キラキラした魔法を期待しすぎるから
続かない人が後をたたないのだ。
書けない自分を責めて、
いつの間にか手帳が
「敷居の高い、特別な誰かのためのもの」に見えてしまう。
というのも、まさに私がそうだったから。
壁を越えて見えた「目的は後からついてくる」
なんとなく、
手帳=意識高い系の
持ち物と思い込んでいた。
すんごい目標や目的みたいなものがないと
手を出しちゃいけないモノなんじゃないか。
ぽや〜としてる見切り発車の人間が、
入っていい領域じゃない気がする。
だから手帳に興味を持っても、
目の前にでっかい壁が
ズドーンとそびえ立っている感覚がしてた。
でもやっぱ気になって、
なんとなく目標みたいなモノをかかげて、
いざ始めてみるけど・・・
全然続かない。
そして、
「やっぱダメだった」
「自分には手帳は向いてない」と落ち込んでしまう。
続かないのは
全然悪いことじゃないのに
自己否定のループへ。
他人のキラキラした
成功体験をベースにしてるから、
ハードルを上げすぎているだけなのに。
悲しいかな、それに気づかない。
でもあるとき、
「そんな目標なんかどうでもいい!
一回きりのつもりでいいからやってやれ」
って開き直って、
試しに小さな一歩を何度か繰り返してみた。
その結果、
自分でもビックリするくらい
あんなに高かった「書く習慣の壁」を
スルリと越えてしまった。
>>ジャーナリングが習慣化したのは、「続けようとしなかった」からだと思った

拍子抜けというか、
なんだこれ?って感じ。
壁の向こう側に行って、
振り返ってみてやっとわかった。
手帳って特別で
選ばれた人だけのものじゃない。
まずはなんも考えず、
そのへんにあるどーでもいい紙に
試しに書きなぐってみる。
夢とか目標なんて、
そんなのは後から勝手についてくるものだ、と。
「手帳で夢を叶える」って
響きはステキだけど、
いきなりそこを目指す必要なんてない。
手帳と触れ合ってるうちに、
勝手に湧いてくるものだと思う。
だから、もしあなたが
「やってみたいけど、書く目的が決まっていないし」と
足踏みしているなら、
マジで手帳を使うことに
目的や正解とか決めないでほしい。
そんなものなくても、
手帳やジャーナリングは
誰でも今すぐ始めていいものだから。
▼ 手帳に挫折し続けた私が、ジャーナリングを習慣化できた方法

