ジャーナリングや日記に関する悩みで、
よく目にする言葉。
「今日も書けなかった」
「もう1週間も書いてない」
「空白のページを見ると萎える」
こんな感じで
書けなかった自分を責めて落ち込んでしまう。
わたしも以前は、
はじめは「書くぞー!」と意気込むものの、
1週間経たずにノートを開かない経験を繰り返し、
「なんて自分はダメなんだ」と落ち込んできたので、
この気持ちはすごくわかる。
でも、毎日ノートを開くのが日課になった今。
この「空白の日」は
そもそも悪ことなのか?ということに
疑問を感じるようになった。
ジャーナリングや日記以外にも
運動や資格の勉強など、
なにかを始めるとなると、
『毎日継続』というのが
暗黙の了解でセットになってる。
継続しないと痩せないとか、
試験に受からないっていうのが
継続の先にあるからなのかもしれない。
たしかに、運動や資格の勉強は
やならきゃ目標を達成するのは難しい。
でも、ジャーナリングや日記は違う。
目標があってやるわけじゃない。
心のモヤモヤをどうにかしたいとか、
今日1日を振り返りたいとか。
自分を労るための時間であって、
毎日やらなかったから
どうにかなるってもんじゃない。
続けることが、目的でも正解でもない。
なのになんで、
毎日書けないのはダメって
思い込んじゃうんだろう?
たぶん、毎日書いてる人の投稿が
SNSとかで目立つからかもしれない。
でも、そういうのを投稿してる人って、
だいたいが書くのが習慣化できてる人。
習慣化してない人は、ほとんど投稿しない。
だから、
『毎日書く=正しい向き合い方』
って感覚になっちゃうのかも。
ほんとは
人によって向き合い方は違うし、
正解はないのに。
「毎日書けない」って
全然ダメなことじゃない。
今、自分には書くこと自体、
必要ないときなのかもしれないし、
1週間、はたまた数か月に1回書く
で十分なのかもしれない。
ジャーナリングや日記って
気まぐれでいい。
気まぐれで書いてるうちに
「なんか今日も書きたいな」が積み重なって、
気づいたら毎日書いてるってなったりする。
実際、わたしがそんな感じだった。笑
いきなり毎日書くっていう
高い山に登ろうとしなくていい。
まずは山を見上げて、
一歩踏み出してみるだけで
十分なんじゃないかな。
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