手帳を買ったなら、
ちゃんと使わなきゃと思っていた。
きっちり予定を書き込んで、
12月31日まできっちり使う。
それがあるべき手帳の姿だと。
でも手帳が趣味になって、
毎日触れて、書いていくうちに
考えが変わってきた。
「ちゃんと使う」って、ぶっちゃけどーでもよくない?w
そもそも、なんで
「ちゃんと使わなきゃ」なんて思ったのか。
心当たりがあるとすれば、
SNSで流れてくるあの手帳たち。
きれいな字で予定が並んで、
マスキングテープやシールで
センスよくデコられたページの数々。
これがロールモデルです!と言わんばかりの完成度。
あーいう投稿を見すぎたせいなのか。
でも、これっていう明確なモノはわからない。
じゃあ、みんながやってるから、
そーゆー正解っぽい使い方を
自分もしなきゃいけないかっていうと、
全然そんなことなくて。
ぶっちゃけ手帳の使い方なんて、
好き勝手でいいんじゃないか。
システム手帳にジャーナリングしてたけど、
次の日から急にロルバーンに変えてもいい。
ページの途中で日記をやめて、
バーチカルに切り替えでもいい。
一目惚れして買った手帳だけど、
1ヶ月後にトラベラーズノートに乗り換えてもいい。
自分しか読めないような
きったない字でもいいし、
修正テープだらけの
グチャグチャページでもOK。
「信念を曲げず、一冊を美しく使い切る」
なんてルールはどこにも存在しない。
SNSで見かけるあの完璧な手帳は、
結果的に、
あのカタチにたどり着いてるだけで
ひとつの使い方にすぎない。
もしかしたら「人に見せる用」で、
実はその人自身も裏では
使い方を試行錯誤してるかもしれない。
使い方を迷ってる時間は、
決して悪いものじゃない。
むしろ楽しんでいいんじゃないか。
「ジャーナリングと日記、どっちが続くか書き比べてみよう」
「バレットジャーナル試したけど、やっぱりバーチカルのほうが自分には合うかも」
「今月は全ページ、気になった言葉を書き留めるだけにしてみよう」
そうやって魔改造しながら、
自分だけの使い方を楽しんでいく。
きれいで整った手帳も素敵だけど、
実験の痕跡だらけの
グチャグチャの手帳もいいじゃないか。
いろいろ試しながら
自分にピッタリな使い方を探すことこそ、
手帳の良さなんじゃないかと思った。
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