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なぜ、ジャーナリングすると心地いいのか考えてみた

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いろんな感情で
頭の中がこんがらがったとき、
ジャーナリングで
外に吐き出したくてたまらなくなる。

この前も
「この気持ちを紙にぶつけたい!」
と思った瞬間があったのたが、
同時にこんなことも頭に浮かんだ。

なんで、こんなにジャーナリングしたくなるんだろ?

以前、
「ジャーナリングは、
どんな気持ちも受け止めてくれる話し相手に近い」
と書いた。

>>ジャーナリングは心を許せる話し相手

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ここで一度答えは出た。
だが、わたしは忘れっぽい人間なので、
改めてなぜジャーナリングをすると
心地いいのか考えてみた。

が、いざ言語化しようとすると、
この感情をうまく言語化できない。

ジャーナリングをすると、
肩にズシッと乗ってたモノが軽くなる。

でも、なんで軽くなるのかが
どーしても言語化できない。

なので、
チャッピー(ChatGTP)に手伝ってもらうことにした。

こういう
ひとりじゃ考えや答えがまとまらないとき、
チャッピーはいい相棒になってくれる。

ということで、さっそく相談してみた。

音声入力したら冒頭の
「わたしが」が「年が」に誤変換されてる。
「年が」ってなんだよ。

あと、「そのテーマめちゃくちゃ深い」
って返しもよくわからん。
まだ大したこと伝えてないのに
深いも浅いもないだろ。

そんなツッコミを入れたくなったが、
そのあとに返ってきた答えは
「なるほどー」と素直に納得するものだった。

目次

「感情の出口」がなかった

仕事やプライベートで
モヤモヤする日々が続いていた。

でも、人に相談するのは苦手。

だから、
外に出したいのに出せない感情が
ずっと内側にたまっていた。

行き場のない気持ちが
いつも間にかじわじわと積み重なっていってた。

書くことで「自分を客観視できた」

そんなとき、ジャーナリングで
自分の気持ちを言語化してみた。

文字にして目に見えるカタチになったことで、
「自分ってこんなふうに思ってたんだ」と、
少し離れたところから
自分を眺められるようになった。

同時に、頭の中で
グチャグチャにこんがらがってたモノが
文字になることで、
「これが、モヤモヤの正体か」
認識できるようになった。

ここではじめて、
「頭の中で考えれば、十分わかっている」
っていうのが、思い込みだったと気づいた。

文字にするってバカにできない

ちなみに、
ジャーナリングの気づきを書き留めてる
画像のノートはこちら。

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小説家になったような
疑似体験ができる優れもの。

「安心して吐き出せる場所」になった

そうやって
気持ちを吐き出すことを繰り返してるうちに、
ジャーナリング=自分専用の安全な対話場所
になっていった。

誰にも気を使わなくていい。
否定もされない。

つまり、わたしにとってジャーナリングとは、
「自分の本音を認めてあげる場所」

・・・きっと、本当の意味で、
安心して自分をさらけ出せる場所なんだろう。

どんだけ
自分を出せてないんだって感じだけど、
きっと同じような人は多いはず。

大切な人はいる。
気を使わず一緒にいられる人もいる。

でも、本音を200%出せてるか?
って聞かれると、考えてしまう。

というか、なんでもかんでも
悩みを人に話す人は少ないんじゃないか。

人に相談するまでもない小さな悩みもある。

打ち明けて、迷惑そうな反応をされるのが怖いこともある。

「それはあなたが悪い」って否定されたくない気持ちもある。

そもそも、悩みを打ち明けること自体がストレスな人だっている。(私とかw)

そのハードルを
まるごと取り払ってくれるのが
ジャーナリングなんじゃないか。

人に話せなくても、ここには吐き出せる。
自分で自分の話を聞いてあげられる。
自分で自分を大切にしてあげられる。

やっぱり、ジャーナリングって最高だ。

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